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サービスデザインスプリント開発者 Tenny Pinheiroに聞く「サービスデザインの未来」

   

Tenny Pinheiroはエンジニア、ゲームプログラマー、ビジュアルデザイナー、サービスデザイナー、起業家…と様々な専門をこなしてしまうマルチタスカー。これまでのキャリアの中で様々な経験を積んできました。そんな彼とニューロマジックは縁があり、昔からよく知る仲です。きっかけはサービスデザイングループのFelipe Pontesが、2012年に出版されたTennyの書籍『Design Thinking Brasil』の共著者として一緒に働いてから。Tennyは、2014年にはサービスデザインスプリントの実践的なガイドブック『The Service Startup: Design Thinking Gets Lean』を出版。その前にはイギリスを拠点とする世界初のサービスデザインエージェンシーLiveworkのサンパウロオフィスを設立。最近ではスタートアップベンチャーでKindsという革新的なチームケミストリー構築アプリをローンチしました。

プロダクトとサービスの開発の業界で長く、多様なキャリアを積んできたTenny。今回ニューロマジックは、彼がそんなキャリアを通して学んできたことをインタビューをしました。現在TennyはUXエンジニアとしてAR/VRを扱うFacebook Reality Labsに勤務していますが、このインタビューはTennyがFacebookに所属する前、7月に実施されました。インタビューの内容は、以下の7つのトピックに分けてお伝えします。

  1. サービスデザインとの出会い
  2. デジタルだけでなく「リアル」に視点を移す
  3. サービスデザインスプリントはどのようにして生まれたか
  4. サービスデザインスプリントのもつ力
  5. サービスデザインと文化
  6. いかにしてサービスデザインの価値を知ってもらうか
  7. サービスデザインの未来

この記事では、Tennyがサービスデザインを始めたきっかけ、会社設立を通して得た経験、今日におけるサービスデザインの役割、そして今後のサービスデザインの業界の動きに対する考えについてご覧いただけます。

▲ インタビューの様子。お互い手のジェスチャーが止まらない。

サービスデザインとの出会い

Neuromagic:そもそも何をきっかけにサービスデザインについて知ることになったのでしょうか?

Tenny:私の場合は、サービスデザインを追求しようとしていてたどり着いたわけではなくて、どちらかというと自然と直面したことだったんですよね。私はもともとFlashを使用してゲームとUIのデザインとコーディングをする、インタラクティブデザイナーとしてキャリアをはじめました。23歳のとき、アフリカのアンゴラに移住して。アンゴラの基本的なインフラ整備改築のプロジェクトに取り組みはじめました。私はこのプロジェクトはデジタルな側面が中心で、その企画や開発を行うものだと思っていたのですが、行ってみたらもっと物理的なサービスに関することだと判明して。例えば、病院に行ってもそもそもチェックインするプロセスがない、とかね。ですから私はデジタルな面に関わるつもりでプロジェクトに加わったのですが、少し立ち止まって、まずは「実際の世界の中で信頼できるサービスを作る」という基本に立ち返ってから、デジタルな側面に移行することにしました。これがサービスデザインとの出会いですね。

デジタルだけでなく「リアル」に視点を移す

Neuromagic:デジタルやUXのマインドセットを、「リアル」な世界に落とし込まないといけなかったのですね。

Tenny:そうです。ユーザーインタビューで言えば「電話代はどのようにして支払っていますか」という聞き方ではなくて、「スクリーンをシェアして、どこを使うのか見せてください」とか、「あなたが実際に銀行に行って順番を待っているとき、一緒に行っても良いですか」とかもっとユーザーの生活に寄り添うことのできる聞き方をする必要がありました。要するにこのプロジェクトでは、ユーザーが現時点でどんなことをできているのか(日常的にどのようなサービスを使用しているか)、どんな機能を使えているのかを分析するプロセスが多かったということです。それに、どうしたらサービスがきちんとユーザーに届くか、快適に使用してもらえるか、そして適切に使い方を理解してもらえるかを確認する、というデザインのプロセスも多かったです。ちなみに実際リサーチの結果としては、全然できてない、使用していないことがわかったんですけどね。

私が実現したいと思っていたようなデジタルな側面のものは、アンゴラの人々の日常的な体験に基づいて、認知的に理解できるものとはかけ離れていました。ですから、どうしたら特定のサービスをデザインできるだろうか、ということだけではなく、どうすれば人々に使い方を学んでもらえるだろうか、といったことも重要であると認識したのがこのプロジェクトでした。私の本にも書いた、「Learn, Use, Remember(学ぶ、使う、覚える)」という法則のインスピレーションも、この経験からきています。

ユーザーはどうやって使い方を習得しているか?どのようにして日常的にものを使っているのか?今使用しているサービスは問題なく使えているか?こういった質問を問いかけなければなりません。加えて自分には、自分のやっていることは空回りしていないか?本当に価値があるのか?ユーザーのメンタルモデルに基づいて、異なる視点でデザインすべきか?といったことを問いかける必要がありました。

どうすれば人々が使い方を適切に理解し、

問題なく使用でき、他の人との会話に持ち出してもらえる

ようなデザインができるだろうか。

– Tenny Pinheiro

また、人々は体験をどんなふうに記憶しているか、というのも考えなければならなかったことの1つです。どうすれば人々が利用したサービスを、人に伝えてくれるようにデザインできるか?どうすれば、ユーザーがこのサービスを誰にどうやって伝えるべきかがわかるようにデザインできるか?とか。そういうことも必要なポイントでしたね。

サービスデザインスプリントはどのようにして生まれたか

Neuromagic:それまでのサービスデザインの経験から、どのようにしてサービスデザインスプリントは生まれたのでしょうか?

Tenny:アンゴラにいた時、いつも私はプロセスを踏むことより、ニーズに突き動かされていました。実践的なアプローチです。私は人生を通してずっと起業家をやっているようなものですが、アフリカにいるときでも同じアプローチで、「どうすれば良いオフラインのサービスを開発できるか?」という問いに対する答えを見つけることができました。私のアプローチは、とにかくやってみること。プロセスを学び、掴んでからいろいろやってみようとするのではなくて、「どうしたらこの問題から抜け出せるだろうか?」と考え始めるような感じ。理論から学ぶことも当然ありますが、どんなときでも、現実に合わせて調整しています

サービスデザイン とデザインスプリント の本、サービス・スタートアップ

クライアントと働いていく中で大企業と小規模の会社の働き方の違いがわかっていき、私はスタートアップ側の人だな、と次第に感じるようになりました。それで、そこに飛び込んでいったわけです。ですから、それからはどこに価値を与えるべきなのかを掴むために、MVP(Minimum Viable Product*1)についてかなり学びました。1番避けたいことは、新たに方法論を生み出したと見せかけて、すでに存在している方法論に新たに他の名前を与えるとかで、本質的には新しいものを生み出せていなかった、というようなことですからね。

ですから私は何かを世に出す限り、見せかけの方法論を作るわけにはいかない、世にあるものに対してきちんと機能する、実用的なサプリメントのようなものでないといけないと思ったのです。そして何より、価値があるものでなければならない、本当に役に立つものでないといけないと強く感じました。気づけば、『The Service Start-Up』を書いているときには、もうシリコンバレーに行くためにパッキングをしていました。LiveWorkでの最後の年で、私は起業家という自分のルーツに戻る準備ができていたとも言えますね。このとき、私はたくさんのことを考えていました。今お話しした、実用的なものを生み出さないといけないということ、アフリカで学んだこと、そしてLiveWorkで学んだこと…。こうしたものを掛け合わせて生まれたのが、サービスデザインスプリントでした。

サービスデザインと文化

Neuromagic:私たちのリード・サービスデザイナーのFelipeのように、Tennyはブラジルの出身ですよね。これまで様々な国で働いてきて、現在はカリフォルニアに住まれていますが、こうした異なる文化の環境は、サービスデザインの実践に影響を与えていると感じたことはありますか?

Tenny:そうですね。国や文化に応じて、「デザイン」の成熟度に様々なレベルがあります。ここではLiveWorkでの経験をお伝えしますね。LiveWork サンパウロオフィスの設立は、市場をゼロからつくり出し、人々にサービスデザインとは何かを教えることから始めなければなりませんでした。当時、ブラジルではデザイン思考に関する教育があまりありませんでした。それに、元々ブラジルは強いプロダクト産業のある国ではありません。とても強いプロダクトデザインの産業がある国であれば、デザインプロセスはもっと広がりやすいんですけどね。類似点を見出して、活かすことができますから。例えば、あなたがこうしたデザインの文化をもっている国にいるとしたら、プロトタイプについて説明するのにそれほど苦労はしませんよね。相手は簡単に理解してくれるはずです。サービスのためのプロトタイプについて話すときには、もちろんさらに説明が必要になりますが、プロトタイプがそもそも何なのか、どんな価値があるものなのかを説明する必要はありません。でも、ブラジルでは違いました。プロトタイプの価値から、全てを説明しなければならなかったのです。こうした成熟度は、サービスデザインをどの段階から始めるべきかに影響を与えますね

サービスデザインの課題とデザインスプリントのもつ力

Neuromagic:サービスデザインスプリントやサービスデザインの方法論を使用するとき、どのような課題に直面したことがありますか?

Tenny:これはクライアントの企業文化や、クライアントがどの程度デザインに精通しているかによると思いますよ。先ほどの国のデザイン成熟度によるサービスデザイン実践の違いの話とも関連していますね。例えばFacebookのようなクライアントであれば、「いいね!」の機能をハッカソンのようにして一晩でできてしまいますよね。でもそれは多くのクリエイティブな人材が共に働いているから、クリエイティビティが企業文化として根付いているからです。でも伝統的な銀行の会社であれば、そうとはいきませんよね。

銀行の執行役員が相手であれば35日分のハッカソンをする、なんてこともできますけど、それでもまだFacebookみたいにいいねボタンはできないでしょうね。それは、おばかさんだからではなくて、違うものの考え方を持っているから。クリエイティブワークを普段からする人ではないから、どうしたらクリエイティブになれるかがわからないんです。ある筋肉を動かすために、どの筋肉を使えばいいのかわからない、というのと同じような感じ。プロセスを通して共に前へ歩んでいくために、タイムマシン*2のようなツールを使うことが必要になると思います。多くのデータを皆で一緒に見返すということです。そうしたら、「お、パターンが見えてきたぞ。今ならもっと自信を持ってアイデアを出せそう」という雰囲気になってきます。

これこそがデザインプロセスのあるべき姿です。このように、(サービスデザインスプリントのように)プロセスがあると自然と方向性を定めてくれるので、どうしたら正しい方向を向けるのかに頭を悩ませずに済むんです。こうしたプロセスの流れ自体を考えるのは大変ですからね。

いかにしてサービスデザインの価値を知ってもらう

Neuromagic:サービスデザインのもつ価値についてクライアントに伝える時、どんなところにベネフィットがあると説明していますか?また、ラテンアメリカにLiveworkを設立するときなど、サービスデザインを使うことのベネフィットを伝えるのに苦労されたことはありますか?

Tenny:これは、教育や忍耐の話に関連してくると思います。クライアントがサービスデザインの良さを理解していないのに、受注につなげても意味がないですからね。だから肝心なのは、まずは人に知ってもらい、価値をわかってもらい、そこからクライアントとゆっくりビジネスを積み上げていくということ。

ものを作るとき、デジタルなテクニックにすぐ走るような、ただデジタル化しようとする競合とは違い、サービスデザイナーの視点をもっていると前者のプロダクトにさらに改善を加えたようなものを結果的に生み出すことができます。最初からデジタルな技術ばかりに頭を使っているような競合とは違って、このアプローチを取れば違うプロダクトを作れる。それに、このアプローチを取ればあとからやり直しをしなければならないこともなくなるから、わざわざサービスデザインの手法を使うことには価値がある。一方、サービスデザインの手法を使わずにプロセスを進めれば、結局同じことを繰り返ししなければならず、実装する時までには多大なコストがかかってしまいます。ですから、今後起こりうる問題を事前に把握し、対処できるという力が、サービスデザインにおけるユニークセリングプロポジションの核心だと思います。サービスデザイナーの視点には、最終的なプロダクトの質を向上させる力がある。

サービスデザイナーの視点には、

最終的なプロダクトの質を向上させる力がある。

– Tenny Pinheiro

サービスデザインの手法を利用すれば、人々が価値を見出さないものを不必要に作らなくて済みます。例えばアプリやウェブサイトで、誰もクリックしないのに存在する機能を作らなくて済む、といった具合です。もし誰にも使われずに終わるなんていう結果になることに気づくことができないと、無駄な時間をコーディングにかなりとってしまうことになりますからね。ですから、サービスデザインの手法を使うことには価値があるのです。

サービスデザインの未来

Neuromagic:サービスデザインは、今後どうなっていくと思いますか?

Tenny:サービスデザインは、そのもののよさや便利さを見直される必要があると思います。例えば、「ここで一回立ち止まって、このプロダクトを見つめ直し、どこに付加価値を与えるべきかを見極めるために、サービスデザインの視点を使ってみよう」と言う人がいたとします。私はこの発言に何の問題もないと思います。むしろ素晴らしい、完璧。でも、「このプロダクトを設計するために、サービスデザインを使おう」という言葉を聞くと、何だか変だな…と思うんですよね。というのも、プロダクトを作るためには、いくつもの異なるスキルを使う必要があるから。

グラフィックデザインの例を使ってみましょう。グラフィックデザインは確立された分野で説明するのが簡単ですからね。もしあなたがグラフィックデザイナーだとしたら、あなたは生涯グラフィックデザイナーです。なぜなら、あなたはどうやってグラフィックをデザインすべきかを知っているから。すでにもっているスキルであり、これから先もずっと自分でできること。だからあなたがグラフィックデザイナーとして雇われなくても、あなたはグラフィックデザイナーなのです。これが、私がサービスデザインに対して持っている考え方でもあります。他の肩書を持っていたとしても、サービスデザインをスキルとしてもっていれば、それを使うことに何の問題もありません。

今日の世界では、プロフェッショナルとして複数の異なる

スキルを持ち合わせていることが当たり前となってきている。

そして、今後これが変わることはないだろう。

– Tenny Pinheiro

今日の世界では、プロフェッショナルとして複数の異なるスキルを持ち合わせていることが当たり前となってきています。そして、今後これが変わることはないでしょう。ですから、サービスデザインの専門家としての道を極めて、高度なスキルをもとうとは思っていない人に対しても、サービスデザインは開かれているべきです。サービスデザインは、素晴らしいものだから。サービスデザイナーがサービスに対してもつ考え方はとてもパワフルなのです。シリコンバレーでさえも、サービスデザインへの需要があります。多くの方は、シリコンバレーでは何事も先をいっているような気がするかもしれませんが、私に「どうしたら『Learn, Use, Remember(学ぶ、使う、覚える)』の観点をプロダクトに組み込めるか?」という単純な質問をしてくる人が多くいるのですから、驚きですよね。このたった1つの法則がプロダクト産業に変化をもたらしているというのは素晴らしいことです。

これこそが、サービスデザインだけを専門的に突き詰める人は少数でよくて、サービスデザインはあらゆる人に開かれているべきだと思う理由です。専門としてサービスデザインをやっていく人はそれに特化していくべきですが、同時にその他の多くの人々がサービスデザインを使えるようにすることも、サービスデザイナーがしなければならないことですね。


まとめ

  • サービスデザインは、様々な分野で働いている人にとって自然と必要になるもの。実際、現在サービスデザイナーとして働いている人の中には、元々異なる分野から転身したという人が多くいます。またサービスデザインの魅力はその対象分野が幅広いだけでなく、とても「人間的」でもあるということ。個人の体験ストーリーに耳を傾け、サービスをデザインしていくのです。しかし同時に、サービスのシステムを考えるのもサービスデザイナー。要するに、サービスデザインには、いろいろな切り口があるということです。
  • サービスデザインはみんなのもの。サービスデザインのツールや方法論を使うために、サービスデザインの専門家である必要はありません。それに、サービスデザインのツールは誰もがアクセスできるように公開されていることが多いです。
  • サービスデザインはフレキシブル。書籍やデザインファームの教えに沿って、完璧なユーザージャーニーやペルソナを作成しようとする必要はありません。あなたがコンセプトを理解できている限り、実際にそれをどう応用するかは皆さん次第、これで問題ないのです。実際のところ、大丈夫どころか、こうして状況に応じて応用することこそが問題解決の機会を与えてくれるキーになります。

今回はTenny Pinheiroへのインタビューをお届けしました。Tennyがこれまで行ってきたプロジェクトや書籍についてはTenny Pinheiro公式ウェブサイトよりご覧いただけます。

ニューロマジックでは今後もサービスデザイン、ワークショップ、ビジネスイノベーションなどのトピックに関するグローバルリーダーの声をお届けしますので、是非お楽しみに!

*1 MVP(Minimum Viable Product)に関する説明(外部リンク):https://uxmilk.jp/65654

*2 タイムマシン:サービスデザインスプリントのエクササイズの1つ。デザインスプリントのチャレンジに関する過去、現在、未来の情報をまとめると同時に、参加者のクリエイティビティを促進する。この記事は、石田智絵が英文を日本語に翻訳しています。

岩田エレナ

デジタルコンテンツプロデューサー

アメリカ出身。メディアコミュニケーションの学士号を取得後、2019年ニューロマジックに新卒入社。現在は自社のSNS企画運営に加えて、サービスデザインに関する記事の執筆、インタビュー、撮影までをマルチにこなす。

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