宮古島、石垣島。日本が世界に誇るこれらの島々は、今や年間100万人規模の来訪者を迎える人気観光地へと成長しています。
世界各地の観光地では、来訪者の増加とともに、家賃の高騰、交通渋滞、ゴミや騒音の増加など、地域の暮らしや環境とのバランスが課題となるケースも少なくありません。実際、オーバーツーリズムに直面した都市の一つであるオランダのアムステルダムでは、訪問者は歓迎するが、住民を優先するという方針を明確にし、観光のあり方そのものを再設計する取り組みが進められてきました。
宮古・八重山圏域においても、今後の持続的な観光振興を見据えるうえで、こうした構造的な変化にどう備えるかが重要なテーマとなっています。先日、弊社CEOの黒井とサステナビリティソリューションズグループ リーダーのピケットが講師として登壇した、宮古・八重山圏域で開催されたサステナビリティ研修では、この視点を踏まえ、観光の価値を高め続けるための設計の考え方について議論しました。
本記事では、研修のポイントを整理し、観光の成功を維持しながら島の持続可能性を高めるための「設計(デザイン)」のあり方をお届けします。
アムステルダムに学ぶ、「来ないで」から始まる再設計

研修の前半、黒井が紹介したのは、オーバーツーリズムの極限に直面したオランダ・アムステルダムの事例です。
2023年の春頃にアムステルダムが打ち出した方針は、一見すると衝撃的なものでした。特定の層に向けた「Stay Away(来ないで)」キャンペーンです。これは決して観光を拒絶したわけではなく、訪問者は歓迎するが、住民を優先するという方針を明確、な原則のもと、観光を「再設計」したのです。
アムステルダムの試み:
- 観光”行動”を変える政策:アムステルダムでは、単なるポスター掲示に留まらず、「誰を歓迎するか」を明確化するため、デジタル広告や規制を組み合わせて来訪者の行動をデザインしています。
- キャンペーン: 迷惑行為のリスク(罰金、逮捕、健康被害など)をダイレクトに伝える広告を、特定の検索行動をとる層へピンポイントに配信。
- エリア規制: 特定エリアでの路上喫煙禁止やクルーズ船の寄港数・場所の制限など、混雑ポイントを構造的に分散させるルールを導入。
- ルールの実行力: 違反に対する高額罰金や監視体制をセットにし、ルールを「形だけ」にせず実効性を持たせています。
- モビリティの再設計: 速度制限の強化や、1万台規模の巨大な水中駐輪場の整備により、移動のスピードと流量をコントロール。単なる「効率」ではなく、歩行者が安心でき、滞在そのものを楽しめる空間へと街をアップデートしました。
- 宿泊キャパの管理: 観光客のための宿泊施設と住民の居住環境のバランスを構造的に保全。新規ホテルの建設制限や短期レンタルの許可制を徹底し、街を支える働き手が住み続けられる環境を優先的に守る設計となっています。
「住民優先」で島を守る。宮古・八重山における観光再設計の4つの視点

アムステルダムの事例はとても先進的ですが、それをそのまま日本の島々に当てはめることはできません。研修では、宮古・八重山圏域の文脈に合わせた「4つの設計原則」を紹介しました。
- キャパシティを先に決める: 市場の成り行きに任せるのではなく、受け入れ可能な人数や宿泊のピーク、日帰りと宿泊の比率などを「意思決定の基準」としてあらかじめ定義する。
- 島民のQOL(生活の質)を優先する: 島の住民が快適に暮らせなければ、長期的には観光地としての価値も維持できません。常に「島民が先、訪問者は次」の視点で政策を判断する。
- モビリティを変えると観光が変わる: 移動の速さだけを追求せず、島をゆっくり歩ける、あるいは乗り換えが自然で滞在しやすいモビリティを設計することで、観光体験の質と島民の負荷をコントロールする。
- 「来てほしい観光客像」を明確にする: 誰に、なぜ来てほしいのかを定義し、それに合わせたサービスや発信を行う。定義をしないままニーズに応え続けると、島の持続可能性を損なう構造に陥ってしまいます。
「成功の影」というドミノを止めるのは、事前の設計
後半パートでは、ピケットが日本の観光地が陥りやすい「よくある失敗ルート」を解説しました。
観光ブームが起き、インフラがパンクし、住民の不満が溜まり、やがて地域の担い手がいなくなるーー京都など多くの観光地が経験してきたこの負の連鎖は、決して「観光そのもの」が悪いから起きるわけではありません。
実は、観光が成功し、来訪者が増えるほど、、以下のような「歪みのドミノ」が自然に動き出してしまうのです。
- 住まいの圧迫: 観光需要の高まりで住宅が観光客向けに転用され、住民の家賃が高騰する。
- 移動の制限: 道路の混雑が、住民の通勤・通学など「当たり前の日常」を妨げる。
- 環境とコストの不一致: ゴミや騒音が増える一方で、滞在時間が短く消費が少ない「来訪者は多いのに地域が儲からない」という現象が起きる。
こうした変化が積み重なると、住民の生活の質(QOL)がじわじわと低下し、島を支えてきた大切な人材が外へ流出してしまいます。
その結果、観光の質も下がり、最終的には「稼げない観光地」になってしまう……。
これが世界中の人気スポットが通ってきた「失敗のストーリー」です。この負の連鎖(ドミノ)を止める鍵は、「成長の前に設計(デザイン)を運用可能な状態に整える」という姿勢です。サステナビリティとは、こうした歪みを予測し、地域が持続するためにあらかじめ仕込んでおく「未来のための事前設計」そのものなのです。

ニューロマジックが提唱する「サステナビリティ実装」の5要素
では、具体的に何から始めればいいのか? 研修では、実装のための5つの柱を提示しました。
- マテリアリティ(重要課題): あれもこれもではなく、「何が壊れると一番困るか」トップ5を絞り込む。
- ロードマップ: 現状をデータで可視化する「短期」、仕組みを作る「中期」、理想の観光客像を実現する「長期」のステップ。
- ガバナンス: 揉めないために、「誰が、何を基準に、いつ決めるか」のルールを明確にする。
- データ管理: 感情論ではなく、数字を未来の武器として蓄積する。
- 統合管理: 観光・モビリティ・住民生活をバラバラにせず、一つの循環として捉える。
特に重要なのは「マテリアリティ」と「ロードマップ」です。これが曖昧なままでは、どんなに熱意があっても具体的なアクションにはつながりません。
迷子にならないための道しるべ「JSTS-D」
さらに、地域の皆さんが設計を始める際、強力な助けとなるのが「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」です。研修では、このガイドラインを「迷子にならないための道具」として使いこなすための3つのステップをお伝えしました。
- 確認: すでにできている項目をチェックし、地域の強みを再認識する。
- 整理: できていない項目を「今すぐやること」と「将来決めること」に仕分けする。
- 補助: 最優先課題(マテリアリティ)を特定するための材料にする。
すべてを完璧にやる必要はありません。島独自の状況に合わせて必要な部分だけを「選ぶ」ことが、実効性のある設計への近道となります。

島の未来を、デザインの力で共に描く
観光は、地域経済を支える大切な「光」です。その光を絶やさず、同時に島の自然や文化、住民の暮らしも守り抜く。そのためには、今、この瞬間の「設計」が欠かせません。
ニューロマジックは、長年培ってきた「体験デザイン」の知見と、グローバルなサステナビリティの視点を掛け合わせ、地域の皆様に伴走します。「何から手をつければいいかわからない」「今の計画をより具体的に進めたい」といったお悩みがあれば、ぜひ私たちと一緒に、10年後、20年後の姿をデザインしていきましょう。
ニューロマジックのサステナビリティ研修・コンサルティングに関するお問い合わせはこちら
【セミナー登壇者】

黒井基晴(Motoharu Kuroi)
President & CEO
国際基督教大学( ICU)教養学部卒業。BBT大学院大学経営学研究科修士課程(MBA)修了。イベントプロデューサー事務所にて7年間、プランニング/プロデュース/ディレクションに従事し、90年代前半にはマルチメディアを取り入れた先進的プロジェクトに参画。1994年にニューロマジックを設立し、現職。インターネット商用化初期から多様なデジタル案件を牽引し、UXデザインやデジタル戦略、サステナビリティ領域を横断して支援。ハーバード・ビジネス・スクール オンラインの「Sustainable Business Strategy」プログラムを修了。

ピケット奈津美(Natsumi Pickett)
Sustainability Solutions Group チームリーダー
アメリカの州立大学で国際貿易学を専攻し卒業。在学中はアフリカで国際協力活動に携わり、多文化環境での実践的なコミュニケーション力を培う。卒業後はアメリカで国際チームと共にプロジェクトマネジメント業務を経験。現在はニューロマジックにて、マテリアリティ策定や推進ロードマップの設計、外部評価対応、研修企画などサステナビリティ推進全般を担当。海外拠点との英語での案件調整にも従事し、GRI公式トレーニング修了者として国際基準に基づく施策立案と実行を支援している。
【執筆】

江口綾(Aya Eguchi)
新潟市秋葉区出身。美術学部卒業後、自動車メーカーに入社。その後、美容企業にてカウンセラー、マネージャー職を経験。出産を機に転職し、2020年より株式会社ニューロマジックにて秘書業務、広報窓口、マーケティングユニットの運用を担当している。2023年、日経クロスウーマンアンバサダー就任。


