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『デザイン』の意味をめぐる混乱

   

「UI/UXデザイン」のややこしさ

WEB制作の業界では「UI/UXデザイン」は随分と耳慣れた言葉になってきたように思うのですが、この言葉をめぐるややこしさは、いまだ解消されたとは言いがたい状況です。

デザイナーの長谷川恭久さんは、「UXが付く肩書きがもつ不安感」という記事 で「UXデザイナー」に過大な要求をされる状況を「未だに何でも屋状態」と概観されている。そして、一昨年ですが、UX MILKに近しいテーマを扱った「UXデザインとUIデザインの3つの大きな違い」という記事がありましたが、これは翻訳記事で、元記事の著者の Alan Smithさんはロサンゼルスに拠点を置く方のようですから、このような混乱は日本国内に限らない現象といえそうです。

「UI/UXデザイン」をめぐる混乱は「UI/UX」「デザイン」それぞれの語の意味をめぐる混乱に分解して説明することができそうです。「UI/UX」をめぐる混乱については別な記事での議論へゆずり、今回は「デザイン」の意味の混乱を取り上げてみたいと思います。

「デザイン」の2つの意味

数年前なのですが、次のような宣伝文句のメールを目にしたことがあります。

【伝えたい情報を効果的に伝える図を作成する】図が伝わるかどうかはデザインではなく「構造」によって決まる「図解力養成講座」

『デザインではなく「構造」』この言葉にあなたはどう感じますか?

私自身は当初「うーん、なんかすごく気持ち悪いな。でもこういう表現にピンと来ているクライアントはたくさんいそうだよね」という感想を持ちました。

これは各務太郎さんの「デザイン思考の先を行くもの」という本の中で紹介されているのですが、日本を代表するインダストリアルデザイナーで東京大学生産技術研究所の山中俊治先生が、デザイン」という言葉は、日本では第二次世界大戦の前と後に、それぞれ別な意味で輸入された経緯を説明されています。

  • 戦前:設計という意味
  • 戦後:意匠という意味(カタカナの「デザイン」とともに)

IDEOが喧伝している「デザイン思考」で昨今では大分広まった「課題解決」としてのデザインの大本の意味は、日本には実は「設計」概念として戦前取り入れられていたようです。そして、戦後には「デザイン=意匠」のかたちで世に広まってしまった。

最初にもどりますと、「課題解決」の意味でのデザインは、当然、構造を「設計」しますから、デザインは「構造」を扱います。が、デザインのことを「意匠」のイメージでとらえているヒトにとっては『デザインではなく「構造」』は違和感のない表現であろうと思います。

「課題解決」はデザインの「そもそもの意味」なのか?

ワークショップ内で付箋が貼られたキャンバス

こんな記事がありました。「それは、デザインとは言わない。」著者はデザインのことを「意匠」の意味で理解していたために「知ったかぶりがバレる」ことになったといいます。

「デザインとは、そもそもの定義として、特定の問題解決のため要素を設計すること。」「ビジュアル的に美しくすることは(それ自体が問題解決につながらない限り)直接的に何の関係もない。」

という知人の言葉が紹介され、ここでは「課題解決」はデザインの「そもそもの意味」であると主張されています。

さて、果たして本当にそうなのか?
試しにオックスフォード英語辞典のオンライン版 で「design」の意味を検索してみました。
名詞としての「design」には、大別すると以下の2つの意味の流れがあるようです。

I   A plan conceived in the mind, and related senses.(心の中で考え出された計画、および関連する感覚)

II  An artistic sketch, and related senses.(芸術的なスケッチ、および関連する感覚)

Iのほうが16世紀が初出で、意味を見ていくとこちらが「課題解決」の出典のようです。

IIのほうは17世紀が初出で、「意匠」の意味ですね。

「課題解決」の方が歴史が古いようですから、まあそれをもって「そもそも」とも言えなくもないでしょうか・・・。

時代の流れ、意味の変遷

開いた辞書

もう一つ、別な角度から見てみます。これは上述の山中俊治先生が寄稿されている記事のようです。

冒頭を引用してみます。

建築史家エイドリアン・フォーティーは,著書 「欲望のオブジェ」の中で,1980年までのデザインの役割を「科学的知見をもとに開発された新しい 技術に対して,その本質を覆い隠し,見せかけの 魅力を与えることよって,社会への技術導入をスムーズにすることであった」と明言した.本書は資本主義産業社会におけるデザインの実態を表す名著と位置付けられている.しかし今日,多くの 企業家や技術者が期待する「デザイン」の役割は, もはやこうした表層的なスタイリングではない.

ここから、山中先生が強調する方向とは逆のことを読み取ることができるのですが、エイドリアン・フォーティーの主張が「資本主義産業社会におけるデザインの実態を表す名著」であるからして、「意匠」としてのデザインの意味はかつて長らく支配的であったと言えそうです。

今後「課題解決」としてのデザインがどのくらい一般的になるのかはちょっとわかりませんが、長い目で見たときの現在は、言葉の意味が移ろっている過渡期と言えそうですね。

説明不足やわかりにくさに向き合う

設計図を書く男性

さて、あれこれみてきた結果、そもそもの一つの意味には還元せず『デザインには大きく分けて2つの意味がある、それは「課題解決」と「意匠」である』というスタンスを私はとりたい。

「課題解決」としてのデザインを強調するトレンドは、「意匠」としてのデザインの意味合いを相対的に薄くしてしまった気配を感じます。「課題解決こそデザイン本来の意味」と主張する立場と気持ちもわからなくもない、とも感じます。が、よくよく考えていただきたい。

たとえば「ゲームデザイナー」と「グラフィックデザイナー」が目の前の課題を解決しようとするとき、両者が発揮する技術的専門性は異なるはずです。同じ意味で「UXデザイナー」と「UIデザイナー」は、必ずしも互いを兼務できる必要はなかったはずです。混乱を避けるためには「両者は異なる」を強調すべきであったかもしれないのです。状況をややこしくしたのはデザイン」という語に対応する技術的専門性についての認識のズレ、あるいは、わかりにくさ、説明不足であるといえないでしょうか。

この語用の混乱を経験し、後日の教訓として何かを引き受けていく立場としては、さまざまな「デザイン」の意味の経緯や背景をそのまま受け止めて、それぞれの意味に向き合うスタンスをとりたいと思います。歴史は隠蔽せず、語り継ぐべし。

余談となります、意匠法(製品デザインを保護する法律)が令和元年に改正され、令和2年4月1日より施行されたことをご存知でしょうか?

この改正で、今後はインタラクティブな操作を扱うパーツ、たとえば検索インターフェースのデザインのようなものが、特許申請の対象となるようです。

GUI(グラフィック・ユーザー・インタフェース)って、「課題解決」かつ「意匠」といえそうですし、逆に「意匠(法)」の意味に「課題解決」が追加されたようにも見えますね。この話の流れでは大変にややこしい・・・。

ともあれ、デザインは昨今、その2つある意味の両方で更に重要になった、とはいってよいのではないでしょうか。

飯川光明

UXディレクター
サービスデザインを通した課題解決の手段がデジタルプラットフォームであった場合の、UI/UX視点の手法導入、プロジェクトのプロセス提案とディレクションを担当。

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